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入管収容所における凄惨な人権侵害の実態を,
“隠し撮り”の手法で露わにするドキュメンタリー。
ENTERTAINMENT Feb 22, 2022
茨城県牛久市にある東日本入国管理センターに、収容された人たちが強いられている過酷な現状と非人道的な扱いを、彼らの証言によって明らかにするドキュメンタリー作品「牛久」が、2月26日(土)よりシアター・イメージフォーラム他で公開される。
東日本管理センター、通称“牛久”は、在留資格のない人や更新が認められず、国外退去を命じられた外国の人たちを“不法滞在者”として強制的に収容する、全国17箇所にある施設のひとつ。同施設には、紛争などにより祖国に帰れず、安住の地として日本を求めて来た難民申請をしている人も数多くいる。本作は、そんな彼らの声を施設の外に届けるべく、厳しい規制を切り抜け、当事者たちの了解を得た上で監督自らが“隠し撮り”という手法を使い、面会室で訴えられる生々しい証言を記録し続けたものである。
日本の入国管理行政を巡る闇は、近年大きな社会問題となっている。2021年3月には、名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが体調悪化を訴え、医師からも治療や入院の指示があったにも関わらず入管側が拒否し、亡くなってしまうという痛ましい事件が起きた。その後、遺族の代理人の弁護団によって、収容中の状況を詳しく調べるため行政文書の開示請求を行ったが、名古屋入管からはほぼ黒塗りで多い尽くされた不誠実な文書が送られてきたのを、ニュースの報道などで目にした人も多いだろう。また、2021年10月には、東京入管の収容施設に収容されていたスリランカ人男性が、職員から首を閉められたり、車椅子から引きずり降ろされて足を怪我するなど、1時間半にもおよぶ集団暴行を受けたことが明らかになった。他にも、日系ブラジル人男性が東京入管から牛久へと移送する際に、多数の入管職員によって床に押さえつけられる映像が公開され、大きな物議を醸した。頭と腕を力づくで押さえつけられ、苦悶に顔を歪ませるブラジル人男性に対し、職員たちが「指示に従わねえから、こうなるんだろー」、「暴れんじゃねえ」などと怒号を浴びせる様子が克明に映し出されるなど、各地で暴力的な制圧行為が多数報告されている。
そして、本作に登場し、牛久”の実情を訴える者もまたその例外ではない。「体じゅう殴られた」、「まるで刑務所のよう」と、面会室のアクリル板越しに収容所内で起こった凄惨な出来事を口々に訴える。長期の強制収用や非人道的な扱いを受けて、人権を蹂躙されたことで精神や肉体は次第に蝕まれ、日本という国への信頼や希望を失っていく多くの人々。折しも本作の撮影時期は、新型コロナウイルスの影響を受けて2020東京オリンピックの開催が議論されている頃だった。予告編に映し出された男性は、「日本はおもてなしの国だなんてよく言えるよ」、「おもてなしなんてクソ食らえだ」と激しく憤る。命を守るために祖国を後にした者、家族への思いを馳せる者……。帰れない現実を抱えたひとりひとりの実像を浮かび上がらせることで、華やかなオリンピックの陰に潜む“おもてなしの現実”や“偽りの共生”といった、この国に蔓延る不都合な真実が白日の下に晒される。なお、本作を手掛けたトーマス・アッシュ監督のYouTubeチャンネルでは、長尺の予告編が公開されている。そこにぶら下がるコメントの中には、その衝撃的な内容に心を痛める人がいる一方、「税金の無駄だから早く強制送還しろ」という侮蔑的な言葉や、収容されている人たちを嘘つきや犯罪者扱いするコメントが散見され、決して少なくない数のいいねが付けられている。様々な事情を抱え、帰れる場所がない人たちを不法滞在者として足蹴にするような日本の対応が、こういった排他的な思想や差別的な意識を助長しているのは間違いない。
また、入国管理行政を語る上で触れなければならないのが、現在も議論が進む入管難民法改正案である。昨年、野党の反対によって一度は廃案になったものの、今後再提出のタイミングが図られているこの改正案では、3回目以降の難民申請者を強制送還するという新たな項目(現案では、難民認定を申請すると結論が出るまでは送還されない)が追加されるなど、帰国すれば命の危険に晒されるクルド人をはじめ、多くの人にとって決して看過出来ないものであった。実際に国連の人権委員会からは日本政府に対し、問題の多い入管法改正案の見直しを求める共同書簡が送られ、政府案は「国際人権基準に満たしていない」として、全面見直しを求めるなど、いかにこの法律案の問題が深刻であるかが明らかとなった。なお、日本における難民申請であるが、1981年には難民の保護を保証し、生命の安全を確保することを義務化した「難民条約」を批准しながら、実際に難民認定が通った者は、2019年には0,40%(10,375人の申請に対し、認定されたのは44人)、2020年には0.53%と1%に遠く及ばない。同じ2019年で比較するとイギリスの難民認定率は39,8%、アメリカ22.7%、フランス19%、ドイツ16%という数字からも、いかに日本の認定率が低いかがよく分かる。
声なき人たちの声をすくい上げ、恐ろしい人権侵害の実態を明らかにするこの作品が、多くの人にとって入国管理行政の問題について考えるきっかけになることだろう。収容所の内側にいる人たちの悲痛な叫びと現実を知りながら、無視することはできないはずだ。
2月26日(土)よりシアター・イメージフォーラム他全国順次公開
監督、撮影、編集:トーマス・アッシュ
カラーグレーディング、オンラインエディター:シン・へマント
配給:太秦
2021年|87分|DCP|16:9|日本|ドキュメンタリー
©Thomas Ash 2021
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