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フィリピンのスラム街で暮らす“困窮邦人”を,
7年に渡り追い続けた異色のドキュメンタリー。
ENTERTAINMENT Dec 17, 2021
フィリピン、マニラの貧困地区で暮らす4人の高齢日本人男性たちの姿を記録したドキュメンタリー映画「なれのはて」が、12月18日(土)より新宿K’s cinema他で公開される。
本作に登場するのは、海外で生活苦に陥り、日本への帰国もままならずスラム街で暮らしたり、ホームレスになってしまった“困窮邦人”と呼ばれる年老いた日本人男性たち。神奈川県警の警察官や暴力団員、証券会社の会社員にトラック運転手など、かつては日本で職に就き、家族がいたにも関わらず、ある者はフィリピンパブにハマり、借金までして移住したものの、有り金含めて全財産を知人にカジノで溶かされ、またある者は、日本で事件を起こし身内を頼ってマニラに逃げた後、一緒に事業を営んでいた弟が借金苦で夜逃げするなど、様々な事情を抱え、この地で人生の最後となるであろう日々を送っている。本作は、そんな4人の老人男性の“なれのはて”を、7年もの歳月をかけて追ったドキュメンタリーである。
監督を務めたのは、フリーの助監督として数々の邦画制作に携わった後、テレビ番組のディレクターとして活動する粂田剛。当初、“困窮邦人”をテーマにしたテレビ番組を作るため、自費でフィリピンに通ってリサーチを続けていた粂田だが、内容的にテレビでは難しいと判断し、映画として発表することを決意。それから、7年間述べ20回に渡ってひとりで現地に通い、彼らと交流を深めていく中でカメラを回し続けたという。
“ここは天国か、それとも地獄か-”これは、本作のキャッチコピーだが、作中に登場する老人たちの暮らしはあまりにも過酷でシビアだ。現地で脳梗塞で倒れてしまい、仕事ができなくなってしまった元警察官の嶋村さんは、偽装結婚のパートナーとなり、わずかなお金をもらい生活する中で、近隣の人々の助けて借りてリハビリに励む。元トラック運転手の平山さんは、現地で知り合った家族を養うためにジープの呼び込みで日銭を稼ぐが、縄張り争いから若い男に殴られてしまう。また、内縁の妻と同居生活を送るひとりの男性はカメラの前で堂々とシャブを決めたかと思えば、別の男性は自分の姿がカメラに撮られたらヒットマンが狙いに来るとうそぶく。
日本社会からはじき出されてしまったのか、自ら安定した生活を放棄したのか、そんな明日も見えないようなドン底で暮らさざるをえない彼らの姿は、鑑賞者に“幸せとは何か”という根源的な問いを突きつける。定義や尺度は人それぞれとはいえ、困窮を極める彼らの姿を見て、日本で暮らすよりも幸せそうだなと、感じる人は少ないだろう。それでも、1日1日を必死に暮らす彼らを見て、これまでの所行が招いた自業自得な結果だと切り捨てることはできない。同調圧力が強く、1度たりともレールから外れることを許されず、自己責任と簡単に片付けられてしまう日本では居場所がなく、良くも悪くもルーズなマニラでしか生きられない人たちがいることを心に留めて置くべきだろう。けして彼らが特別な存在ではなく、いつ何がきっかけで自分が同じような立場になるかもしれないと想像力を働かせることは、他者への関心や思いやりと同義であると考える。
また、日本を捨てなければならなかった困窮老人たちが、フィリピンで暮らしていける理由のひとつに困った人がいたら助けるという“相互依存”というフィリピンの社会規範があるという。この辺りの宗教観に基づく繋がりの意識や、フィリピン人の気質については、本作に寄せた名古屋大学の日下渉准教授のエッセイ「困窮邦人とフィリピン社会」で読むことができるので、ぜひ本作と併せてご一読頂きたい。
日本にあって、フィリピンにないもの。逆にフィリピンにあって、日本にないもの。本作でありのままに映し出される困窮老人と現地の人々の姿を通して、それが何なのか見えてくるかもしれない。
12月18日(土)より新宿K’s cinema他、全国順次公開
監督/撮影/編集:粂田剛
出演:嶋村正、安岡一生、谷口俊比古、平山敏春
音楽:高岡大祐
整音:浦田和治
デザイン:千葉健太郎
製作:有象無象プロダクション
配給/宣伝:ブライトホース・フィルム
2021|日本|DCP|カラー|120分
©︎有象無象プロダクション
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