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国家主導によるLGBTQの人々に対する弾圧と,
その救出に奔走する活動家に迫ったドキュメント。
ENTERTAINMENT Feb 25, 2022
チェチェン共和国における同性愛者たちに対する迫害と、彼らを救うために奔走する活動家を追ったドキュメンタリー「チェチェンへようこそ ーゲイの粛清ー」が、2月26日(土)よりユーロスペース他で公開される。
ロシア連邦を構成する共和国のひとつ、チェチェン共和国では、2016年以降、同国の指導者であるラムザン・カディロフによって、“血の浄化”政策が掲げられ、性的マイノリティであるLGBTQの人たちに対する勾留、拷問、処刑を罪に問わない、国家主導による同性愛者の粛清が公然と行われている。ゲイやトランスジェンダーであることが悪とされる、この国で彼ら(彼女ら)は、国家警察やときに自身の家族から拷問を受け、殺害され、社会から物理的に抹消されている。
これまで数えきれないほどの犠牲者が殺害され、行方不明者は数百人にもおよぶため、LGBTQの人々は息を潜めて恐怖に怯えながら暮らしているのだ。しかし、世界的に抗議の声をあげるにはあまりにも情報が少なく、ロシア連邦政府も半ば黙認しているため対応を望めないのが実情だ。そんな八方塞がりの状況でも、同性愛者たちを秘密裏に支援し、救出活動に尽力するのがロシアやモスクワのLGBTQ活動家だ。その活動は助けを求める人のための救援ホットラインの開設や、広範囲におよぶ支援ネットワークの提供、一時的な避難所、安全な住居、緊急避難の対応など多岐にわたる。憎悪と偏見が渦巻く中で、十分な準備も資金もないまま、彼らは自らの危険を顧みず、弾圧から逃れた生存者を受け入れ、厳しい検問をやり過ごし国外へ避難させることに全力を尽くす。
本作では、こうした活動を続けているロシアLGBTネットワークや、モスクワ LGBT+イニシアティブコミュニティセンターの活動家グループに密着撮影を行い、チェチェンで今も続いている恐ろしく残忍な虐待の様子を外の世界に伝え、これまで知られることのなかった残虐行為と危機的状況を暴き出すものである。
監督を務めたのは、ベストセラー作家であり、報道ジャーナリストとしても活動するデイヴィッド・フランス。これまでも専門性を持たない市井の人々がAIDS活動家として立ち上がった様子を記録した「HOW TO SURVIVE A PLAGUE(疫病を生き抜く)」や、急進的なジェンダー運動の始まりを描いた「マーシャ・P・ジョンソンの生と死」などで、社会的に無視され、差別を受けてきたアウトサイダーや、片隅に追いやられてきた人々に焦点を当て、世界的な評価を確立してきた。
フランス監督は、多大なリスクが伴う本作の撮影にあたり、観光客を装ったゲリラ撮影をはじめ、GoProや携帯電話のカメラを駆使した映像を、複雑に暗号化したドライブに保存して国外へと持ち出したという。また、インターネットで映像を送ることを避け、ロシア国内に撮影の痕跡を残さないように徹底して、被害者たちの匿名性を守った。
被害者が特定されないために採用されたのが、「フェイスダブル」と呼ばれる最新の画像処理技術である。危険を冒して撮影に協力してくれた当事者たちの安全を守るために、これまで悪用されることも多かったディープフェイクの技術を更に進化させて、迫害の犠牲者が別の人の顔を借りて真実を語ることを可能にした。モザイクや目元を隠すような従来の方法は簡単ではあるが、当事者の人間性を損なう恐れがあったため、多くの時間をかけて「フェイスダブル」の開発に成功。声も加工を施すことで、本人の母親も気付かないほど完全に特定不可能な仕上がりとなった。なお、世界中の反LGBTQ問題と戦っているアメリカの活動家が、その活動の一環として犠牲者の代わりに顔を貸してくれたのだという。
この作品から派生した「チェチェンへようこそ」キャンペーンは、各地で行われた上映会や配信をきっかけに大きな広がりをみせている。2020年7月にはアメリカ国務省が、チェチェンのラムザン・カディロフ指導者に対してLGBTQに対しての犯罪行為に制裁措置を発動。英国外務省やEUなどもそれに続いた。カディロフは、国営テレビにおいて本作を取り上げ、「猥褻で不道徳な挑発」と槍玉に挙げ、自身や当局への批判に対しては「チェチェンでLGBTQの権利が侵害されていると言われることは、名誉侵害で侮辱である」との公式見解を発表。映画の制作チームは、こうしたチェチェン国内での情報操作に対抗するため、BBCニュースのロシア支局と協力してロシア連邦内のすべての世帯およびロシア語圏の11カ国に向けて映画を配信した。
チェチェン国内での非人道的な蛮行が明るみになる一方、同性愛者への弾圧は同国に限った話ではない。本作のプロデューサーを務めたアリス・ヘンティによれば、「70か国で同性愛は重大な犯罪と見なされ、そのうち8か国では死刑に値する罪とされている。今や世界に蔓延る全体主義に立ち向かうのは難しいことだが、同性愛者迫害の問題もその一部だ」と語り、厳しい現実から目を背けないことが重要だと説いている。
一方、日本国内に目を向ければ、テレビの中だけでなく、レベルミュージックであるはずのヒップホップやレゲエのシーンでも、ホモフォビアが根強く残っているのを忘れてはならない。同性愛者への嫌悪は、また別の弱者やマイノリティへの差別と地続きであり、かつてナチスが推進した優生思想のように大きな悲劇に繋がることは歴史が証明している。フランス監督の言葉を借りるなら、LGBTQの人々の勇気と強さを示したこの作品が、あらゆる人にとって正義に至るための必要な教訓となることを願いたい。
2月26日(土)よりユーロスペース、シネ・ヌーヴォ、MOVIX堺、元町映画館他全国上映
監督:デイヴィッド・フランス
製作総指揮:ジョイ・トムチン
プロデューサー:アリス・ヘンティ、アスコルド・クーロフ
共同プロデューサー:イゴール・ミャコチン
編集:タイラー・H・ウォーク
撮影監督:アスコルド・クーロフ
視覚効果:ライアン・レイニー
配給:MadeGood Films
2020年|107分|G|アメリカ、イギリス合作
©MadeGood Films
www.madegood.com/welcome-to-chechnya/