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かつての“杜”を蘇らせるべく大地の再生に挑む,
環境再生医 矢野智徳に密着したドキュメント。
ENTERTAINMENT Apr 13, 2022
造園家/環境再生医として全国を巡り、傷んだ植物や大地の治療にあたる矢野智徳を追ったドキュメンタリー「杜人(もりびと)環境再生医 矢野智徳の挑戦」が、4月15日(金)よりアップリンク吉祥寺他にて全国公開される。
本作は、その見識深さや実践的な技術を讃えて“地球の医者”とも呼ばれる造園家、矢野智徳に3年間にわたって密着したもので、全国各地を飛び回り大地の再生に奮闘する姿を記録したドキュメンタリーである。監督を務めたのは、本作が初の長編ドキュメンタリーとなる前田せつこ。映画製作のノウハウもなかった彼女は、アップリンク主催のムービーワークショップを受講することから始めて、クラウドファンディングで支援を募り、撮影や編集などすべて1人で行って完成へと漕ぎ着けた。
造園家として30年以上のキャリアを誇る矢野智徳は、山梨県を拠点としながら、全国各地で開催される「大地の再生講座」を通して、現代土木建築工法の裏に潜む環境問題に言及し、その改善予防策を提案し続けている。彼が注目したのは“大地の呼吸”。造園業界や現代土木といった現場はもとより、アカデミックな学術界でも見落とされてきた生態系全般に関わる大地が生まれ持った機能である。その重要性について矢野は、「人間の身体でいうと呼吸と血管、空気と血液が身体の中を巡っているのと同じように、地球全体で大気と水が循環しているんです」と語る。一方、1970年代の高度経済成長期以降、およそ半世紀にもわたって続いている国土開発という名の人間による土地利用は、大地を窒息させる方向へと突き進んできた。矢野によると、道路やダム、砂防堤、コンクリート擁壁やコンクリート側溝などによって循環の流れを堰き止めることが、近年頻発する大きな土砂災害や河川の氾濫に繋がっているのだと警鐘を鳴らす。
バブル全盛期の1980年代。造園業界に巣食う“植物は枯れるから商売が成り立つ”という経済優先のムードに矢野は、強い憤りを感じていた。その後、1995年の阪神淡路大震災によって被害を受けた庭園の樹勢回復作業を行う中で、環境改善施工の新たな手法に取り組み始める。業界では変わり者と噂されながら、雨や風、動物たちがする自然の摂理に倣った環境改善のやり方を自ら実践し、伝えていく地道な活動は“大地の再生”と呼ばれ、奇しくも2011年東日本大震災をきっかけに、天災や自然災害の恐ろしさを目の当たりにしたことで共鳴する人が増えていった。この作品では、福島県田村郡にある慧日山福聚寺での3年掛かりの造園工事をはじめ、私邸の植木の剪定作業、全国各地で行われた「大地の再生講座」などに密着。スタッフと共にスコップやノコ鎌を手に取り、空気と水の循環というシンプルな理論を説きながら、参加者にかつての集落では当たり前だった“結(ゆい)”というコミュニケーションを作業を通じて伝えていく。昔ながらの“結(ゆい)”について、自然環境の命を育み、守るうえで、人々が互いに依存するのではなく自立的な連携を促すことが大切なのだと語る。
カメラは、2018年7月に起きた西日本豪雨の復旧作業にも密着。被災現場を見た矢野が「土砂崩れは大地の深呼吸。息を塞がれた自然の最後の抵抗」と語るように、237名もの人が犠牲となったこの災害で、彼がこれまで警告してきたことが図らずも現実となってしまった。それでも、被災した地域住民とボランティアスタッフが協力する姿は“結(ゆい)”の関係そのものであり、復旧作業において「物を持ち出さない、持ち込まない」を掲げ、木の根や石を使って基礎を設け、流木などを使い土台を組んで杭を打ち、炭や竹で空気や水の流れを生み出すなど、自身が提唱する自然に倣った環境改善を実践し、新たな復旧の道標を示した。
映画の終盤に矢野がつぶやいた「これまでの環境問題は綺麗事で色塗りされてきた。いい加減方向転換しないと、生の世界は乖離していずれ空中分解を起こす」という言葉は、環境問題もいっときのブームとして消費されそうな現代において鋭利な刃となって我々に喉元に突き付ける。それでも矢野は、自身のやっていることを仕事ではできないとした上で、「こうやれば命は再生するというところまで深く関わっていく。仕事を超えて持久戦で勝負するしかない」と付け加えた。大地が再生されたその先の未来に自分がいないとしても、いま出来ることに最善を尽くすことが彼の矜持でもあるのだ。本作のタイトルにもなった“杜”とは、「この場所を痛めず けがさず 大事に使わせてください」と、人が森の神に誓って紐を貼った場であるという。自然への大いなる敬意と畏怖。本作は、そんな当たり前の教訓を今一度思い起こさせてくれる。
4月15日(金)よりアップリンク吉祥寺他にて全国順次公開
制作、監督、撮影、編集:前田せつ子
制作スーパーバイザー:纐纈あや
出演:矢野智徳(造園家、環境再生医)、玄侑宗久(慧日山福聚寺住職/作家)、石田智子(慧日山福聚寺寺庭/アーティスト)、堀信行(地理学者/理学博士)、長野亮之介(イラストレーター)、一般社団法人「大地の再生 結の杜づくり」メンバー他
制作、配給:リンカランフィルムズ
2022年|日本|カラー|16:9|101分
lingkaranfilms.com