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野良犬と人間が共存する街,イスタンブールを
犬の目線で映し出した異色のドキュメンタリー。
ENTERTAINMENT Mar 11, 2022
トルコ、イスタンブールの街で暮らす犬の視点からこの世界を捉えたドキュメンタリー映画「ストレイ 犬が見た世界」が、3月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他で全国公開される。
本作の舞台となったのは、ヨーロッパとアジアにまたがるトルコの都市、イスタンブール。この地では、20世紀初頭にあった大規模な野犬駆除という悲しい歴史の反省から、安楽死や路上動物の捕獲を法律で禁じており、国民の動物愛護の意識も非常に高い。それは、2012年に“動物福祉のため”という名目で、野良猫や犬を収容する法案が検討された際に、市民が蜂起したデモによる抗議行動の結果、法案が取り下げられたというエピソードからもよく分かる。そんな殺処分ゼロの国トルコの中でもイスタンブールには、およそ10万匹以上の野良犬が、まるで風景に溶け込んだかのように人間と自然な共同生活を送っている。古くは、ローマ時代から数千年にも渡ってシルクロード交易の重要な通過地として西洋と東洋の接点となってきたこの街では、栄華を極めたかつての面影が今もあちこちに残り、貴重な世界遺産も数多く存在する。そんな歴史深い街の車道やマーケット、レストラン、さらにギリシャとの間にあるボスポラス海峡の砂浜など、あらゆる場所をリードもない野良犬たちが自由気ままに闊歩する。我が物顔というよりは、人間社会とは絶妙な距離を保ちつつ、節度ある態度で地元の人たちと触れ合う彼らに対して、人間も慣れた様子で声を掛け、コミュニケーションを図る。時には、ゆっくりと車をかわし、渋滞する車道をスルスルとすり抜ける大型犬と、慣れた手付きでぶつかるのを回避する車のドライバーや路面電車の運転手など、ここで暮らす人々と犬は世界でも珍しい共存社会を築いているのだ。
本作に登場するには、自立心が強くいつも単独行動の犬、ゼイティンをはじめ、フレンドリーで人懐っこいナザール、そしてシリア難民の心の拠り所になっている愛らしい表情の子犬、カルタルなど。これが長編デビューとなったエリザベス・ロー監督は、2017年にトルコを訪れた際に、偶然ゼイティンに出会ったことから半年間にもおよぶ彼らへの密着を始める。ほぼ全編に渡って犬の目線と同じローアングルで撮影され、犬の聴覚を体感する世界初の聴覚言語を駆使して、犬の視点を通して見えてくる人間社会が抱える様々な問題と、愛に満ち溢れた世界を映し出す。また、作中には人間の会話がほとんど登場しないため、犬の表情や足取りとコミュケーションをつぶさに記録することで、高い知性と理性を兼ね備え、愛に溢れた犬達の姿だけでなく、犬の世界における高度に保たれたコミュニティの在り方を言葉以上に雄弁に伝えてくれる。
日本でも近年、環境の整っていないペットショップや悪徳ブリーダーなど、ペット産業の問題点が議論の対象となっている。本作の予告編でナレーターを務めた俳優の二階堂ふみなど、保護犬、保護猫の愛護活動に携わる人たちの影響もあり、こうした問題が取り上げられることも増えたが、法整備も含めてまだまだ改善には追いついていないのが実情だ。この作品は、路上動物との共生やペットを飼うことの責任などを考えさせるが、同時に自分以外の他者、特に社会的弱者と呼ばれる人たちとの関わり方や寛容な社会への道筋を示唆してくれるものでもある。自分たちが暮らす世界の見えなかった、見てこようとしなかった部分を犬の視点から覗いてみてはいかがだろう。
3月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次公開
監督:エリザベス・ロー
出演:ゼイティン、ナザール、カルタル(犬たち)他
配給:トランスフォーマー
2020年|アメリカ|トルコ語、英語|72分|ビスタ|カラー|PG-12
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