NEW GENERATION, NEW WAVE
ABOUT JAN, 2025
2019年サンダンス映画祭 ワールドシネマドキュメンタリーの審査員特別賞をはじめ、合計23もの映画賞を受賞した話題作「ミッドナイト・トラベラー」が、9月11日(土)より公開される。
本作に登場する主要人物であり、監督を務めたのはアフガニスタンで数々の舞台や短編映画などを手掛ける映像作家のハッサン・ファジリ。自身が製作したアフガニスタンの平和に関するドキュメンタリーが国営放送で放送されると、イスラム原理主義勢力、タリバンはその内容(タリバンのメンバーでありながら、武器を捨て平和主義者となった人物が描かれている)に憤激し、出演した男性を殺害。さらに、監督であるハッサンも死刑宣告を受けることとなった。彼は、家族である妻と2人の娘たちを守るため、アフガニスタンからヨーロッパまで5600kmにも及ぶ逃亡の旅へと出ることを決意する。理不尽な形で祖国を追われ、安住の地を求めて旅する彼らは3台のスマホで自らの旅を撮影した前代未聞のセルフドキュメンタリーを制作する。
ハッサン一家は、スマホを片手にタジキスタン、トルコ、ブルガリアを経て、安全な場所を求めて命がけの旅を敢行するのだが、威嚇射撃に被弾しないよう恐る恐る山を超え、砂漠や荒野を昼夜問わずさまよい決死の逃避行を続ける。時には移民業者に騙され、娘を誘拐すると脅される。難民排斥を訴える右翼に暴行を受けたり、自らも経済的に苦しむ立場にある若者はその鬱憤の矛先を彼らに向けて“移民は敵だ”と口汚く罵る。そして、ようやく辿り着いた先でも難民保護を受けられずに苦労するなど、人としての尊厳を傷つけられるような境遇を経験しながら、自らが生きた証を記録するかのごとく、撮影の旅を続けていたのである。
なお、本作が制作されたのは2019年(ハッサンが国を追われるきっかけとなった作品の公開は2015年)だが、今年8月にはタリバンが首都カブールをはじめアフガニスタンのほぼ全域を掌握するなど、状況は2年前よりさらに悪化していることがニュースなどで報じられている。また、カブールの空港で退避支援を行っていたアメリカ軍兵士が過激派組織、イスラム国の自爆テロによって13人の犠牲者を出すと、ドローンを使ったアメリカの報復攻撃によって多数の民間人が犠牲になるなど、自体は混迷を極めている(本作に寄せられた上智大学の東 大作氏の解説によると、タリバンを軍事的に駆逐することは難しく、政治的な交渉による和解を目指し具体的な制度作りも進められていたという)。国外への逃亡を求めるアフガン市民も多いが、カブールではタリバン政権下において再び就労や学習の機会を奪われるなど社会進出が閉ざされることを危惧し、勇気ある女性たちが命懸けのデモを行って自らの権利尊重を求める声を上げ始めている。本作に映し出される過酷な現実はさらに厳しさを増し、ハッサン家族のように身の危険を感じるような境遇に置かれている人たちが今なお数多く存在しているのだ。
さらに、この作品で突きつけられる移民や難民に対する風当たりは、ヨーロッパだけではなく日本も同様である。事実、今年3月には在留資格を失ったスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管の収容施設で亡くなってしまう痛ましい事件も起きている。その根底には、難民問題や外国人労働者に対する無関心や冷笑があり、それは前述の“移民は敵だ”と叫んだ極右の若者と何ら変わらないのである。本作は、世界の不平等な現実をありのままに伝え、人生がいかに不安定なものかを教えてくれるが、それは何も遠い国の話ではなく、我々が直視しなければならないこの国の問題や現実と地続きになっていることも忘れてはならないだろう。
9月11日(土)よりシアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
監督:ハッサン・ファジリ
プロデューサー:エムリー・マフダヴィアン、スー・キム
配給:ユナイテッドピープル
87分|アメリカ・カタール・カナダ・イギリス|2019年|ドキュメンタリー
©︎2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.
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