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ABOUT OCT, 2024
佐藤允の個展「111 / トリプルワン」が、2月26日(土)までKOSAKU KANECHIKAにて開催中。
1986年生まれの佐藤允は、千葉県出身で現在、東京を拠点に活動するアーティスト。ニューヨークやブリュッセルでの個展をはじめ、「Inside」(パレ・ド・トーキョー、2014)、「INTERPRETATIONS, TOKYO‐17世紀絵画が誘う現代の表現」(2019)といった国内外のグループ展への参加に加え、作品は札幌宮の森美術館、高橋コレクション、ルイ・ヴィトン・マルティエにパブリックコレクションとして収蔵されている。
ベートーヴェンのピアノソナタをタイトルに冠した本展では、31点もの新作ペインティングを展示。そこには「アートのためのアート」であるとか、何か新しさや特別な意味を求めたり、見出すような作為的な行為、目的は一切見当たらない。彼自身がこれまでより一段と深い部分と向き合うことで生まれた逡巡や衝動にも似た何かをかたちにしたものともいえるだろう。今回の作品制作へと駆り立てた動機やそこに至るまでの感情の起伏について、佐藤は本展に寄せたステートメントに変えて以下のように残している。
僕には忘れたい人がいた。
医師を頼り、恋人を頼り、友人を頼った。
忘れられないまま10年以上経って、忘れられないということがわかった。
111とは、僕が考えた儀式の名前だ。
2021年の1月1日の夜の僕は、どうしようもない気持ちだった。皇居外周をイヤーホンで音楽を聞きながら散歩をした。人を好きになることは不可抗力だから、結ばれなければ、ただただ苦しむ他にない。この世には天文学的な数の悲しいラブソングが散らばっているのだから、こんな気持ちを持つのは僕だけではないと言い聞かせても、苦しいのだ。もしもこころを胸から取り出せたなら、いじくって何もなかったことにしたい。胸の奥に溜まった膿の中で くすぶっている希望が僕を逃してくれない。
iPodからは、ベートーヴェンの111番のピアノソナタが流れていた。ベートーヴェンを僕の中で殺してしまおう。いつかあなたが、僕のベッドに横たわっていたあの記憶も殺してしまおう。 過去に描いた恋愛の題材を新しい話にすり替えてしまおう。過去の記憶を一つ一つ拾って、話を壊して描き変えるこの儀式をトリプルワンと名付けた。生きづらさを感じるとき、絵を描くことがあって、よかったと思う。この儀式の完成したあかつきには、2人が出会ったことすら、なくなるのだ。
もう、ない。
過去の記憶を全く別のコンテクストから新しい作品へと昇華させる、佐藤がいうところの“儀式”を経て生み出された作品は、エモーショナルな部分を含めて鮮烈かつ極めて直裁的であり、所々に闇や痛みなど内省的なものを感じさせる。その一方で、その“儀式”によって絵の中に閉じ込められた記憶や忌々しい感情は、作品へと生まれ変わったことで永遠の命が与えられ、美しさを帯びて鑑賞者の胸の奥に雄弁に語りかける。そして、鑑賞者は作品に内包された作家の記憶に想いを巡らすことで創作の一端を共有できることだろう。
会期:開催中(2月26日まで)
開廊時間:11:00~18:00
休廊日:日、月、祝
入場料:無料
会場:KOSAKU KANECHIKA
東京都品川区東品川 1-33-10 TERRADA Art Complex 5F
TEL 03-6712-3346
kosakukanechika.com